SAD(社交不安障害)“上がり”克服のヒント(2)~“完全な自分”という鎧をほどく~

私は先に、「SAD(社交不安障害・社会不安障害)“上がり”克服のヒント~“想定観客”のみと対峙すること~」という一文を物し、SADで悩む人々に対し、“想定観客”という架空の人物を掲げ、その人物のみと対峙することを提案した。

 

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これは“意識のおきどころ”をどこに持っていくべきか、という着眼からもたらされたものである。

一方で、次のように考えることも重要であるように思う。

「困難に対峙し克服することばかり考えるのではなく、自分の苦手を自覚し、そこを体よくいなす・回避することも立派な対応策だ」

ここでは、“部下の結婚式でスピーチをしなければならないのにしどろもどろになるのではないかと恐れる部長さん(仮に、Aさんとする)”をSADの一例として、具体的対策を講じてみることにしたい。

Aさんは、50歳の男性。

温厚柔和な人柄で、誰からも慕われ、特に部下からの信望も厚い。

ある部下から結婚式のスピーチを初めて頼まれたのは、45歳のこと。

快諾したものの、頼まれた日から、不安に囚われ、そわそわ落ち着かなくなり、それは結婚式の日まで続いた。

スピーチの原稿作成に2週間をかけ、その後結婚式までの毎夜暗唱を繰り返すものの、どれだけ行なっても全く自信が持てず、結婚式前夜は一睡もできなかった。

結婚式当日、ところどころ詰まりながらも、なんとか3分間のスピーチを無事やり遂げ、ほっと胸をなで下ろしたのも束の間、また別の部下から結婚式のスピーチを頼まれてしまった。

聞くと「部長のスピーチを聞いて、胸を打たれ、自分もスピーチを頼むなら部長しかいない」とのこと。

そう言われて嬉しい気持ちもあったが、また地獄の日々が続くのかと思うと気が重くなり、即座に引き受けるというわけにはいかなかった。

しかし身近な部下から信頼を受けているのに、失望させることになるのを恐れ、結局引き受けることにした。

その後、また落ち着かず眠れぬ夜が続いた。

やっと本番のスピーチを終えると、またそれほど間をおかず次の依頼が来た。

そんなこんなで、50歳になってしまった。

もう5年もやっていれば、いい加減スピーチに慣れてもよさそうなのに、いつまで経っても慣れず、緊張でがんじがらめになってしまう自分がいる。

こんなことで精神科に行くのもどうか、と考えたが、これ以上我慢を続けるにはもう限界だという強い思いも拭えず、精神科クリニックに訪れた、というケースである。

 

私はまずAさんに訊いた。「スピーチに際し、一切原稿は持たず、すべての内容を諳んじているのですか」

Aさん「その通りです」

SADの人は、概して”完全”を強く志向する。
それは自分が苦手とするものでも同様、いや苦手とするものならなおさら、というべきか。
完全ではない自分が許せない。まわりはそんなこと、それほど気にしていないというのに。(Aさん本人も、そのことに薄々気づいているのだが・・最早引くに引けない)

私「とても立派ですが、日々息苦しくはないですか」

Aさん「本当にそうです」

私はAさんに2つの事柄を提案した。

ひとつは、日頃から身近で気を許せる人(例えば、奥さん)に”勇気を持って”弱音を吐くようにすること。

そしてもうひとつは、結婚式会場に必ずスピーチ原稿を持って行って、”勇気を持って”それを見ながらスピーチを行うこと。

弱音を吐くというのは、意識的に”完全な自分”という鎧を解いていくように仕向けていくことである。

現状のAさんがこれを行うには、かなりの勇気が必要である。

そして、肝心のスピーチであるが、結婚式場で原稿を読み上げるというのはAさんにとって”恥”であるから、原稿を開いて見るだけでも”勇気が要る”のである。

そして私はこうも言った。「スピーチ原稿は覚えようとしてはいけない。まずは、なめらかに読めるようにすることだけを目指す。それで十分」

“覚えようとしてはいけない”といわれたことが意外だったらしく、Aさんはかなり戸惑っている様子だった。

私が「あなたの3分間スピーチ暗唱は、まるで足のつかない深海を浮き輪なしで泳ぎだし、決死の覚悟で次の島を目指すことに似ている」と伝えたところ、深く首肯された。

私「結婚式場でなめらかに原稿を読み上げることは、浮き輪をつけて泳ぎ切ることに似ている。まず自分はきちんと次の島に辿りつけるんだ、という安心感を醸成することが必要」

Aさん「なるほど」

私「その安心感がかなり築かれた次の段階として、結婚式場で右手にしっかり原稿を握り締めながら、暗唱をするスタイルに移行していく。その場合、途中で分からなくなったり、言いよどんだりしたら、臆することなく堂々と原稿を開き、読み上げる。これは、深海を泳ぎながらも、時々不安を覚えたら、島まで渡されているブイにつかまって、それを手繰りながら島に近づいていくことに似ている」

Aさん「そんなことで、うまくいくのか」

私「大丈夫。徐々にブイにつかまらないで進む区間を広げていけばよい。原稿を虚心坦懐に100回読めば、文章の流れを体が覚えてくれる。頭でなく体が自然に覚えていくようなイメージが大事」

そして、このような対策を取ってもなお、結婚式のスピーチで苦しみ続けるなら、「これは自分の”向き”ではない。今後は引き受けない」と居直ることが重要になってくる。

私は時折患者さんに次のようなことを話す。「中学までは好き嫌いを克服できるかもしれない。しかし、高校以降は簡単に克服できなくなる。だから、好き嫌いしてもいいのではないか」

好き嫌いというのは、何も食べ物に限ったことではない。これは人生における好き嫌い全般を指している。
“意あれば、道は通ず”とばかり刻苦勉励しても、どうにもならぬことはある。

人生では引き際が肝心である。
しかし、入れ込んできたものほど引き際を決めるのが難しくなる。

SADで悩む人々は、他人がどう見ているか、が行動の基盤になっているため、引き際の自己決定が本当に下手である。
また根底に、あらゆることに対しての”漠たる自信の持てなさ”があるため、やっかいである。

まず、ある程度“わがままな自分”を目指すこと、そこから完璧ではない“ほどほどの自分”を容認できるようになることが、SAD治療の終局的な目標となるだろう。

熊木徹夫
あいち熊木クリニック<愛知県日進市(名古屋市名東区隣)。心療内科・精神科・漢方外来>
TEL: 0561-75-5707 )

<※参考>

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SAD(社交不安障害)“上がり”克服のヒント ~“想定観客”のみと対峙すること~

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