”しつけ”の指弾・根絶がもたらすであろう、両親のジレンマ

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北海道で”派手な迷子”があり、連日このことについて報道されていました。
(報道内容の詳細については、省きます)

後に、まだ寒い北海道のこの時期に、男の子が奇跡的に一週間も生き延びていたとの報がもたらされ、
私も本当に安堵しました。

もちろん一番安堵されたのは、ご家族(特にこの子のお父さん)でしょう。
しかし、その背後で大きくため息をついた方々も大勢いるのではないかと考えました。
それは、(特に度外れに)やんちゃな子供に常日頃手を焼いているお父さん・お母さんです。

やんちゃな子供には、大人にはない活力があります。
その様子を見ていると、微笑ましくなることもあります。
ところが、やんちゃにも度外れなものがあります。
ADHD(注意欠陥多動性障害)がそれに当たります。

あいち熊木クリニックへは、チック症・トゥレット症候群の薬物療法を行うということで、全国から患者さんが来られています。
このような疾患の方々には、ADHDが併存することが稀ではありません。
そのため、子供のADHDについては、実にいろいろな症状を持つ方にお会いしています。

彼らの診察室での暴れ方といったら!
お母さんによると、ある子供は、知らないおじさんにも平気でついて行ってしまい、必ず迷子になると言うし、
またある子供は、突然道路に飛び出すため、肝を冷やすこと枚挙にいとまなし、ということです。

このような子供たちの身の安全のため、お父さんお母さんは何をどのように教え伝えてゆくべきか、つねに頭を悩ませています。
彼らが一番恐れていること、それは自分の子供が他人に危害を加えないかということです。

「子供は褒めて育てるべき」とは、巷間よく言われることです。
本当にそれですべてにおいてうまくいくなら、言うことがありません。
多くの親がそれを実践していますが、なかにはどうしても自分や他人に害を及ぼす危険を孕む子供が一定数いるのです。
それは、子育ての上手いまずいとは、直接関係がないものです。
その子の資質の問題も無視できないのです。

今回の一件では、父の発した次のような言葉が波紋を起こしました。
「しつけのため、山に一時的に置き去りにしたら、子供が消えていた」

この言葉を受け、各界著名人が侃々諤々と自説を繰り広げました。
もちろん何を言おうとも自由ですが、一部の著名人の以下の様な言葉が、私には非常に気になりました。
「しつけで山に置き去るなど言語道断。そもそも”しつけ”という言葉自体、憎むべきものだ」

このような仮定はすべきではないと承知していますが、もし失跡した子供が最悪のかたちで発見されたなら、大変なことになるだろうと私は予感しました。
上記のような著名人が「そら見たことか!こんな歪んだ教育を信じている親こそ諸悪の根源なのだ」と雄叫びを上げる姿が目に浮かびました。
そして、この瞬間、日本においては今後、”しつけ”という名の教条的関わりが信義を持って行えなくなるであろうことも。

そもそも褒め育てとしつけとは、お互いどういう位置づけにあるものでしょうか。
私がよく使う言葉で表現するなら、褒め育てはマターナル(母性的)教育、しつけはパターナル(父性的)教育ということになります。
今の日本では、母性的振る舞いのみ称揚され、父性的振る舞いに対しては非常に風当たりが強いです。
ゆえに、イクメンがほめそやされるのです。
(詳細は、拙著『ギャンブル依存症サバイバル』(中外医学社)をご参照ください)
しつけは、まるで虐待であるかのように喧伝される向きがありますが、両者を混同すべきではありません。
しつけには、我が子が社会や世間へのつつがなき馴化を果たすことを願う父性愛が、根底に横たわっているのです。
(母親の行うしつけであろうとも、同様の意味をもっています)

そしてこのしつけを完全に封じ込めるような社会が到来すれば、どうなるか。
しつけを施そうとすれば、人非人の扱いをうける、
反対にしつけを放棄した結果子供が重大な有害事象を引き起こした場合には、養育責任を指弾されるという
実に悩ましいダブルバインドの状況に、ADHDなどコントロールが難しい子を持つ両親が置かれることになるのです。

もちろん、いくら懸命にしつけを行ったからといって、我が子がいかなる問題も起こさないようにできるという親などいません。
しかし、しつけという行為を社会全体で否認してしまったなら、両親は自らの無力さに虚脱感さえおぼえるかもしれないのです。

そもそも、しつけのような父性的振る舞いをしたくてしている親などいません。
そうせざるを得ないから、迷い苦しみながらも、行っている。
これまでにあらゆるしつけの必要を感じないで生きてこられた人々は、とても幸せな人々です。
しかしそういう人々も、数々のジレンマを抱えながら、我が子と社会をうまく擦り合わせるため、苦労を重ねている親が存在するということに、もっと想像力を働かせてほしい。
共同体とは、ただ共に在るということではなく、このような想像力を紐帯として、互いにいたわり合うというかたちを取らなくてはならないのではないでしょうか。

熊木徹夫
(あいち熊木クリニック
<愛知県日進市(名古屋市名東区隣)。心療内科・精神科・漢方外来>
:TEL: 0561-75-5707: www.dr-kumaki.net/ )

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