抜毛症女子の母親は、なぜ物悲しいのか ~抜毛症(抜毛癖・トリコチロマニア)の潜在的意味と治療・代償行動について~

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近頃、あいち熊木クリニックで受診が増えているのが、抜毛症(抜毛癖)の患者さんです。
意識的にか、無意識的にか、自らの髪の毛をぷちんぷちんと引き抜いてしまうというものです。
初発は、小学校時代が圧倒的多いですが、中学・高校と年次を重ねても止められないケースも増えています。
全体的には、女子に圧倒的に多く見られますが、時には男子においても見られます。

というわけで、小学生の女の子が、母親に伴われて受診することが典型的です。
その際、診察室に入室してくる母の様子に、私はいつもハッと心を奪われます。
彼女達は不思議なことに、一様に沈うつで、物悲しい風情を漂わせている。
それは、なぜなんだろう。
その母の佇まいに遭遇するだけで、娘の病気が何か、分かるほどなのです。

母娘は、押し黙ったまま、力なくうすい笑みを浮かべている。
二人とも、ストレスへの耐性が強いものの、そのはけ口がなく、身体の”奥”に溜めているような感じ。
患者さんである娘の学校での評判は、「とてもいい子」「模範生」といったポジティブなものであるか、
「存在感の希薄な子」「主張してこないで、いつも人の影に隠れている」といったようなものであることが一般的。

私は、初診時に1度だけ、抜毛の痕跡を見せてもらうことにしています。
治療期間中、何度もそこをチェックすることはない。
そこは、母子にとってかなり恥ずかしさをおぼえる場所だからです。
大抵の場合、黒髪がきれいに被せられていて、にわかにそれとは判別しがたい。
母は、髪留めのピンを抜き取り、「ここなんですけど」と申し訳なさそうに髪をよける。
すると、その下に地肌がむき出しになった抜毛の痕跡が現われる。

抜毛症では大方、頭部全体からまんべんなく毛が抜きとられるのではなく、あるところに集中して”不毛の地”がある。
すなわちその女の子は、同じ場所で集中的に、そして執拗に、毛を抜き続けてきたことが分かる。
抜くとまた、キズになるため、それが癒える時、むずがゆくなり、また抜いてしまう。
これの繰り返し。
ゆえに、少し生えてきている毛も、毛根にダメージがあるのだろうか、細く弱々しい。

俗に「髪は女の命」といいます。
この言葉は古くからの言い習わしなので、今の時代にそぐわない、という人がいるかもしれませんが、私はそうは思いません。
というのも、どんな女性も少なからず、自らの髪にナルシシズムの投影が見られるからです。

では、その自他共に大切だと思う髪を一本一本抜き去る女の子のこころは、どういうものなのでしょう。

まずは、摂食障害の女子でもよく言われる「女性性の否認」の可能性です。
思春期に至り、だんだんふくよかになっていく己の身体の変貌を見ているうちに、それを否認し、抗うように、やせることに固執する人がいます。
「髪は女の命」であるなら、そのようなものに拘泥する自分が許せない。
髪の否認こそが、女になっていく自分への抵抗である、と。
しかし、小学校低学年くらいの女の子が、いくら何でもこのようなことを考えたり無意識に感じたりするはずがありますまい。

では、「母性の否認」というのはどうか。
これは、”母から受ける愛への反逆”という意味です。
これは無意識レベルでは、あるのかもしれません。
ある女の子がこの世に生まれ落ちて、髪が生えそろい、伸びてくる。
母は、自分の髪のように、いやそれ以上に慈しみながら、娘の長くなった髪を繰り返し繰り返しくしけずってやる。
この行為は、母から娘へ、”女性として生きていくこと”についての無言のメッセージ・リレーなのだと思います。
その大切な愛情伝達の媒体である髪を娘が抜き取る行為は、母にとり、これ以上ない悲しみなのではないでしょうか。
母の体面に浮かぶ”沈うつで、物悲しい風情”とは、きっとそこに由来するものなのです。
髪を抜く娘が、無邪気であるように見えれば見えるほど、母のこの痛切な思いは深まるのです。

ただ、母性の否認というのも、深読みしすぎではないか、と私は考えています。
というのも、この行為は母を悲しませるために行われているものではないように、感じ取れるからです。

最終的に行き着いた抜毛の理由は、次のようなものです。
まず、以下の記事をご覧ください。
<トゥレット症候群における「汚言症」は、無意識の産物か 
~「空気は読めるが、あえて壊す」タブー侵犯がもたらすもの~>
www.dr-kumaki.net/kimo/ogen_sho/
表題の通り、トゥレット症候群においてよく見受けられる汚言症(状況にふさわしくない「うんこ」「ちんこ」といったタブー語をあえて言い放つという症状)の意味について言及したものです。
簡単にいうなら、「汚言症には、空気が読めないのではなく、あえて読まず、場を壊すという、タブー侵犯の悦楽が潜んでいる」ということです。

翻って、抜毛症の潜在的意味は?
「母の愛を踏みにじる・女性性も否認するという、通常やってはならないはずの行為をすることで、タブー侵犯の快楽を得る」というのが、私の仮説です。
もちろん、母だけでなく当の娘本人も、抜毛症を脱却できないことに苦痛を訴えることは少なくありません。
しかし、どうも切実さに乏しい。
それは、抜毛という忌まわしい行動を制御しなければならないという自意識が、あまり働いていないように見えるのです。
抜毛という行為の主体が、まるで自分とは異なる別の誰かであるかのように。
ある女の子はこう言います。
「手がいつの間にか勝手に動いて、髪を抜いてるの」
それは、解離が起こって、無意識に抜毛が行われるのではない。
いわば、意識と無意識のあわいの出来事。
先の汚言症も、そのような意識水準で発現されるものでした。

ここまできて、想起される別の精神症状があります。
リストカット(リスカ)です。
若い女の子の自傷行為の代表ですね。
リストカットの動機で、よく語られるものには、以下の2つがあります。
1)自己の存在確認(希薄な存在感の自覚が、患者さん自身を苦しめます。血が流れていること、そして痛みを感じられることで、「私、生きているんだ」と確かめられる)
2)他者への自己アピール(「こんなにも、儚く哀れな自分」についての自己演出の部分が色濃くある)

リストカットが自傷行為なら、抜毛症も広い意味での自傷行為です。
両者の異同を比べてみることにしましょう。

両者の共通点は、タブー侵犯、そして自罰的(場合のよっては、マゾヒスティックな)所作だということです。
リストカットも、「親にもらった大事な身体」を傷つけるという点においては、タブー侵犯に当たるでしょう。
また、感じる痛みは、自罰的であるだけでなく、時に快楽的でさえあります。
(だから、なかなか止められない。
そういう意味では、両者とも嗜癖的です)

対して、両者の相違点は、他者へのアピール性です。
リストカットをする女の子は、対人依存が強く、粘着質なところがある一方で、
抜毛症のある女の子は、逆にサバサバしていて、症状を他者に悟られない(悟らせない)ところがあります。
裏を返せば、抜毛症のある女の子は内省しにくい傾向があり、その症状と自己存在の在り方が連綿とつながっていない印象を与えます。
それだけに、どこかとりとめなく、関わるなかで、まるで「糠に釘」を打つような手応えのなさを感じることが多く、精神療法は難航を極めることが少なくありません。
(これは発症が若いせいもありますが)

あいち熊木クリニックにはありませんが、プレイセラピー(遊び療法)が行われることが多いのは、そのような理由からでしょう。
しかし意外にも、精神科薬物・漢方が効くものが多い。
これは、抜毛症の患者さんのうちに、ほとんど内的葛藤が孕まれていないせいかもしれません。
(薬効が、素直に受容されやすいということ)
ただし、そもそも病識が薄いため、継続的な受診・投薬が行われにくいという問題はあります。

最後に、私が抜毛症患者さんおよびそのご家族と話し合ったなかで考えついた、抜毛症緩和のための「代償行動」を以下にご提案しておきたいと思います。
こういったことに取り組めば、比較的身体に負担のかからないかたちでの”ガス抜き”ができると考えます。

1)プチプチ(梱包用の気泡緩衝材)つぶし
:プチプチの一つひとつを爪先で潰すという行為も有効だが、もしできるならプチプチを指でつまんで膨らませ、針でぷちんぷちんと潰してゆくのがより有効。

2)草抜き
:もし庭やプランターがあるなら、そこに生えた雑草を丹念に抜く行為は、抜毛症に似たニュアンスをもつものであるため、有効。

3)油粘土で何かを造形し、壊す
:ただ捏ねる作業も有効だが、意味のあるものを造形し破壊する。

4)包丁で、野菜をみじん切り・千切り

5)裁縫(雑巾縫いなど)・刺繍

切る・刺す・潰すという行為は、内向する衝動を開放し、カタルシスを得やすい。
ただし、言うまでもないが、切る・刺す・潰すことが許されない対象物があるので、そのようなものに攻撃を向けない工夫をする必要があります。
ただカタルシスを得るためだけの非生産的な行為(上記の1・3)もいいが、生活において何か生産的な意味を与える行為(上記の2・4・5)などの方がいい場合もある。
これらのうち、どの代償行動をチョイスするかは、A)自らの身体感覚にしっくり馴染むか、そしてB)カタルシスが得やすいかを根拠とすればよいでしょう。

以上、抜毛症の精神病理とその代償行動を簡単にまとめました。
参考にしていただければ、幸いです。
そしてもし、ここに挙げた代償行動で解消しないレベルの抜毛症であるなら、あいち熊木クリニックでの薬物療法・精神療法で何かお手伝いできるかもしれません。
どうぞお気軽に、お声がけください。

熊木徹夫
(あいち熊木クリニック
<愛知県日進市(名古屋市名東区隣)。 心療内科・精神科・漢方外来>
:TEL: 0561-75-5707: www.dr-kumaki.net/ )

<※参考>

『自宅で暴れまわる我が子』 (「発達障害」<ADHD/アスペルガー症候群など>についての臨床相談)

「歯ぎしり・顎関節症」についてのQ&A・・精神科医からの見立て

夜尿症(遺尿症)・・・あいち熊木クリニックの漢方治療・精神科的治療

熊木による書籍紹介『自閉症スペクトラムの精神病理』内海健(医学書院)


『警察が私を陥れようとする!』 (「パラノイア」についての臨床相談)

「ビルに飛行機をぶつけたの、あれは私の叔母の仕業です」

www.dr-kumaki.net/kimo/%E9%87%8D%E7%97%87%E3%83%81%E3%83%83%E3%82%AF%E3%81%AE%E8%96%AC%E7%89%A9%E7%99%82%E6%B3%95/

www.dr-kumaki.net/kimo/%ef%bd%8b%ef%bd%99/

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