クローゼットから溢れる洋服(「買い物依存症」についての臨床相談)

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<『もう悩まなくていい ~精神科医熊木徹夫の公開悩み相談~』(幻冬舎)より>

Q:熊木先生、初めまして。38歳女性で、3人の子供がいます。昨年の5月あたりから、自分の感情がわからなくなり、喜怒哀楽の区別ができなくなりました。

自分の周囲全てにフィルターがかかり、子供達の成長すら他人事という感じです。表情も乏しくなり、いつも「顔色が悪い、疲れているようだ」と
職場の同僚からも指摘されます。

現在パキシル(パロキセチン)40mgとメイラックス(ロフラゼプ酸エチル)1mgを服用しております。

ここ数ヶ月間は特に買い物に走るようになり、今まで手にしたこともない毛皮や宝石類・高級ブランド品をためらいもなく買うことが多くなりました。

服もクローゼットに一杯になってもまだ買ってしまう状態です。

経済と家庭の破綻をきたす前に、何とかやめたいと思いながらも、銀座などに行き、目につくと殆ど衝動的に買ってしまいます。

職場で、外面だけは良くても下にはとても威圧的で管理志向の強烈な人事査定権を持つ上司とあまりうまくいかないことや、最近、10年間一緒に仕事をしてきてツーカーの仲だった先輩社員が異動で離れ離れになったこと、それに職場の同期の中で一番昇進が遅れていることも原因かもしれません。

家庭内では、同居している舅姑とは朝の出掛けと帰宅時に挨拶をするだけです。

主人はいろいろ心配してくれるのですが、お互い仕事と家事と育児に忙しく、ゆっくり話したいと思っても思うに任せない状況です。

そんなことを繰り返すうちに、自分でも主人に何を話せば良いのかわからなくなってしまいました。

自分の感情がいつも空虚な状態です。最近「子育てをしながらしなやかに働く女性先輩社員としてコメントを」と、会社の研修で体験談をさせられることも多く、表向きにできる話と現状とのギャップに自分でも戸惑っています。

週末は自宅でベッドに引きこもり、家事や子供達の世話もやらなきゃという意識はあっても、体が動かない状態です。

実家の母や姑が言うように、これは私の「心の弱さ」と「甘え」ゆえなのでしょうか。

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A:<1;いまひとつ“困りきれていない”印象>

いろいろ危うさはあるものの、なんとかそれを渡ってこられているようですね。

いまひとつ”困りきれていない”印象です。
まず、精神科的に問題になることはいくつか挙げられます。

<表情も乏しくなり、いつも「顔色が悪い、疲れているようだ」と職場の同僚からも指摘されます。>
<週末は自宅でベッドに引きこもり、家事や子供達の世話もやらなきゃという意識はあっても、体が動かない状態です。>
などは、うつ状態を示唆するものです。

<昨年の5月あたりから、自分の感情がわからなくなり、喜怒哀楽の区別ができなくなりました。自分の周囲全てにフィルターがかかり、子供達の成長すら他人事という感じです。>
<自分の感情がいつも空虚な状態です。>
というのも、うつ状態の現れかもしれませんし、また離人感といわれるものかもしれません。(離人感は、”私は誰、ここはどこ”といった感覚で、解離症状の軽いものを指して言います)

<ここ数ヶ月間は特に買い物に走るようになり、今まで手にしたこともない毛皮や宝石類・高級ブランド品をためらいもなく買うことが多くなりました。服もクローゼットに一杯になってもまだ買ってしまう状態です。経済と家庭の破綻をきたす前に、何とかやめたいと思いながらも、銀座などに行き、目につくと殆ど衝動的に買ってしまいます。>の状況は、ご存知の通り、買い物依存といいます。

ここでは、買い物依存を軸として話を進めたいと思います。

<2;嗜癖は、やや複雑な条件反射に過ぎない>

依存とは、最近は嗜癖という言葉で説明されることが多いです。

嗜癖とは、ある体験が特別な快楽をもたらした後、その時の記憶が頭を離れず、その快楽を再度引き出すために、その体験を繰り返そうとすることを指しています。すなわち、自ら条件づけた快楽のかたちに”ハマって”いくことです。

1:アルコールやシンナー・覚せい剤、そして向精神薬の一部など、物質がもたらすもの
2:買い物やギャンブルなど、そのプロセスがもたらすもの
3:恋愛・宗教など人間関係のあり方がもたらすもの、

などに大別できますが、いずれにせよ、快楽が伴うものであれば、何だって癖づけられます。(快楽の中枢は、脳幹部中脳にあるとされていますが、実際に快楽のかたちを決定するのは、大脳だとされています)

心理学者の岸田秀氏が「人間は本能の壊れた動物だ」と規定していますが、これは「人間の言動は、大脳という高次脳に規定されている部分が極めて多い」と言い換えることができるでしょう。

大脳は、本能をゆがめ、快楽のあり方に多くのバリエーションをもたらすのです。

ソビエト連邦(現ロシア)の生理学者パブロフが、犬を使って行った有名な実験があります。

犬は食べ物を前にすると、よだれを流します。しかし、ベルの音を聞いても、よだれは流しません。そこで、食べ物を見せながらベルの音を聞かせてみると、よだれを流します。

それを何度も繰り返した後、ベルの音だけ聞かせただけでも、よだれを流すようになるというものです。

これにより、犬には条件反射が”学習”させられるということが証明されたのです。犬が食べ物を前にしてよだれを流すのは、本能によります。
しかし、上のような”学習”過程を経て、ベルの音を聞いただけで、よだれを流すようになったのは、本能とは別に、快楽やそれに対しての欲望を感じる回路が作られたことを意味します。

仮にあるレバーを引くと、ベルがなるような仕掛けを作っておきます。

ベルの音を聞くと気持ちがいい、と感じるようになった件の犬が、ベルの音を聞きたくて自らレバーを引くことを繰り返すようになるなら、(こんな利口な犬がいるかどうかは別として)これは嗜癖といえます。

すなわち、パチンコ台から激しく流れ出る玉の音を聞きたくて、パチンコ台から離れられなくなる人は、この利口な犬と同じです。

そんなバカな!犬と一緒にするな!という人がいるかもしれません。

しかし、嗜癖というのはやや複雑な条件反射に過ぎなくて、それほど高等な精神的営みとはいえないのです。

(裏を返せば、嗜癖は動物的本能に根差す部分が大きいため、それを理性的に統御するのは難しいのです)

<3;条件反射のかたちを変える行動療法>

では、この人間の条件反射のかたちを変える有効な手立てはないものでしょうか。

実はあるのです。行動療法がそれです。これはいわば、”しつけ”療法です。

大雑把にいうなら、嗜癖となっている体験Aを我慢できた場合、”賞”が与えられ、体験Aを我慢できなかった場合、”罰”が下るシステムを、治療者に設定してもらい、それをきちんと履行する契約をするのです。

(”賞罰”の設定にはもちろん、患者さんが主体的に関わります。その人にとって”賞”となるもの、”罰”となるものがそれぞれ違いますからね。これが犬の場合と一番違うところです)

行動療法は、これまであった社会生活に適応的でない有害な条件反射を、別の社会適応的で害の少ない条件反射のかたちへ、置き換える手法です。

もちろん、嗜癖の治療はこれだけではなく、精神療法(例えば、認知療法)も有効ですが、この行動療法的アプローチは避けて通れないものです。

<4;ある程度の嗜癖は、誰にもある>

ところで嗜癖は、限られた人だけのものでしょうか。
おそらくそうではないと思います。
ある程度の嗜癖的行動・嗜癖の対象物は、誰にもあるでしょう。

ただそれが、社会生活を営めないほどのものであったり、はなはだ有害なものである場合だけ、問題とされるのです。

しかし、嗜癖に陥りやすいタイプというのはあります。

1:快楽に身をゆだねることに躊躇なく、すぐ没入してしまう人
2:スリルを求め、それに酔いやすい人
3:何に関わっても極端で、バランスの悪い人
4:近視眼的で視野が狭く、チェックがかかりにくい人
5:どこか投げやりで、自我のコントロールを安直に放擲する人
6:実生活でのストレス処理が苦手で、日常空間から逃避する人
などが、それに当たります。

(では、極めてストイックな人はどうでしょう。こういう人は、自分で制御できないものを極端に嫌います。
それで、ジョギングをしたり、滝に打たれたり。

快楽や欲におぼれないという意味においては、嗜癖的ではないように見えますが、これもやり過ぎるのは実は嗜癖です。

ランナーズハイなどは、走りすぎると脳内麻薬のエンドルフィンが放射されることによりおこる一種の快楽体験です。
ワーカホリック(仕事漬け)も、苦痛であるような仕事でもやり過ぎると嗜癖になるというものです。何でも、やり過ぎ・入れ込み過ぎはまずい、ということです)

買い物依存がひどくなると、買い物をしている際に恍惚状態になり、後でそのプロセスを覚えていないということが起こってきます。
(先に指摘した離人感とつながってくるところです)

また一般的に、嗜癖はうつ状態を並存させやすいということもいえます。
(特に、陶酔体験から現実に引き戻されたとき、その落差からうつ状態が引き起こされる印象です)

またあなたの場合、ワーカホリックという別の嗜癖もあるかもしれません。

<5;あなたは本気でこの現状を変えたいですか>

今後具体的にどうされるといいか、私の考えを述べましょう。

最初に”困りきれていない”印象と言ったのですが、これは例えば、買い物が過ぎて借金をしまくり首が回らなくなるとか、のんだくれて家人を殴り一家離散となるといった”どん底”を見ていないということです。

”どん底”を見ると、どんなひどい嗜癖にも、ブレーキがかかります。

しかし、あなたは夫婦共働きで、義父母からの生活支援も受けられている様子。
ある意味、このような恵まれた環境では、嗜癖にブレーキがかかりにくいのです。

いろいろ心配してくれている御主人の優しさも、ここでは”あだ”になっているかもしれません。
(もっとも、お互いに深く介入しあわないのが、家庭内の暗黙のルールになっているのかもしれません。もしくは、あなたや家族の現実に直面化することが、彼にとって面倒なのか、あるいは怖いのか・・ということもあるかもしれません)

<自分でも主人に何を話せば良いのかわからなくなってしまいました。>
これまでに”どん底”を見られていないのは、もちろんいいことです。
しかし今後、底なし沼へずぶずぶ入っていってしまう危険もあることでしょう。

御主人があなたの諌め手となれない今、第三者として精神科医に介入してもらうのが、いいかもしれません。

とりあえず、先述の行動療法の”契約”を精神科医と交わすことをお奨めします。
(身内では手心が加えられてしまうので、”罰”がうまく機能しません)

この際、最も大切なことを言い添えておきます。

あなたは本気でこの現状を変えたいですか。
力強く”はい”と答えられないなら、どんな治療もうまくいかないでしょう。

本当に”懲りる”こと、そこまでいかなくても、ひどい未来を想定して”それは絶対嫌だ”と感じられること、治療はそこから始まります。(そして同時に、問題の半分はクリアしたともいえます)
この治療の成否は、まさにあなたにかかっています。

そしてそのような外からの手を借りながら、もう一度あなた自身が、ご家族やお仕事との関係を見直してみましょう。

膠着状態にあるように思えた様々なことがらが、少しずつ動き出していることに気づくことでしょう。

精神科医の介入を提案しましたが、一番大切で最後の最後に助けになるのは、やはりあなたの家族です。

今後の新しい展開に期待しています。

(補記:実は、嗜癖行動に対する精神科治療の導入については、別の難しい問題があります。

買い物依存程度ならいいですが、社会のモラルから大きく逸脱する人物(たとえば、小児性愛がらみの犯罪者など)に認知行動療法を奨めたりする発想には、やはり問題があると思います。

行動療法自体の実践では、善悪良否の概念が棚上げにされています。

治療の前にまず本人のモラルを問い、その言動の“矯正”が必要なケースもあることは、留意しておくべきかもしれません)

熊木徹夫
(あいち熊木クリニック
<愛知県日進市。心療内科・精神科・漢方外来>
:TEL:0561-75-5707: https://www.dr-kumaki.net/ )

<※参考>

摂食障害(過食症および拒食症<神経性大食症および神経性無食欲症>)治療のキモ ~ただのダイエットでは済まない、あなたのために~

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「現代型・自尊感情の低落」とは何か ~摂食障害(過食症・拒食症)・醜形恐怖症・自己臭恐怖症治療から見えてくるもの~

醜形恐怖症(醜貌恐怖症・身体醜形障害)治療から垣間見える、女性のナルシシズム生成の危うさ  ~鏡と化粧の意味~

現代の美の”魔術師”美容整形外科医自身が、醜形恐怖症(醜貌恐怖症・身体醜形障害)になった理由 ~美しくても逃れられない、女性ナルシシズム由来の苦しみ~

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