書評『心はどこまで脳なのだろうか』(兼本浩祐著:医学書院)(雑誌「こころの科学」より転載)

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 一言一句噛みしめながら読んだ。通読し終えた後、すぐさま同じ兼本先生が書かれた一つの論文と一つの書籍が脳裏をよぎった。本書の下敷きにもなっている論文「原罪としてのコギト~『生命のかたち/かたちの生命』を読んで」と、『てんかん学ハンドブック』(医学書院)である。両者については、私が先生との関わりにおいて個人的な思い入れがあるだけでなく、本書と密接に繋がってくると考えるので、紹介しておきたい。

 私が先生と初めて”遭遇”したのは、1995年である。『imago』誌に載ったこの「原罪としてのコギト」を一読し、強く吸い寄せられた。木村敏のコギト解釈に、ハイデッガーのペシミズムやワイツゼッカーの感覚・運動ゲシュタルトクライスをからめた刺激的な論文であった。医師になりたての私は、このような先輩精神科医が存在することにいささか興奮を覚えた。以来「一体この先生はどういう人なのか」と強い関心を持ち続けることになった。

 その後、縁あって、先生主宰の精神科教室にお世話になることになった。これまでに発表された先生の論文の別刷を頂戴し(百篇以上あった)時系列で繙いていった。先生はてんかん学のご専門だが、分野はそこに留まらない。知の背景は、精神病理学・精神分析・神経心理学・発達心理学・哲学と限りなく広がる。古今東西の膨大なテクストを渉猟し、それらのうちに常識では全く考えられない因果関係を見出し、圧倒的な論理力で読者を納得に落とし込む。どれひとつ取り出しても類似の論考はなく、独自性をもって屹立している。これらの論文に対峙するとき、精緻に謎が編み込まれた推理小説を読み解くような胸躍る悦びがあった。そして何より驚いたのは、ほぼすべての論考が、臨床体験・感覚の細部に根差していて、単なる思弁の産物ではないことである。眼前にいる患者さんの病理を解析し、治療の糸口を得ること、常にそこにだけ目的が集約されていた。臨床家であれば何らかの洞察に至れるようなヒントに満ちている。まさに汲めども尽きせぬ着想の宝庫といった趣きである。

 また、てんかん外来に帯同させていただいたのだが、これが圧巻だった。先生は患者さんや家族が語る症候の断片を見聞きしただけで、発作の形態模写ができてしまう。まるでモンタージュ写真を構成するかのように、いくつかの発作を実演し、患者さんの家族に言い当てさせ、診断を組み上げていく。この様子を『てんかん学ハンドブック』を座右に置きながら眺めていると、私達まで個々のてんかん患者さんの存在構造を見通していくような錯覚に囚われた。この『てんかん学ハンドブック』は、これまで先生が経験を重ねてきた数千の症例からその精髄を抜き出したものであり、まるでてんかんの博物学書のようである。初学者でも与し易いように構成された非常に親切な本であるが、実は読み手の臨床力に応じ、いくらでも深めていくことができる底無しの本でもある。

 さて本書は、心脳問題についてのモノグラフであり、一見『てんかん学ハンドブック』などとは異質なものに見える。しかしよく考えてみるならば、先に列挙したような先生の著作群全般に貫かれる執筆のコンセプトには、『imago』の頃より現在に至るまで、一ミリのブレもない。

 

 てんかんは学習一般の原理と同じように特定のシナプスの伝達性の亢進という形で脳において学ばれるのだということを強調したヤンツ教授の最終講義の結語は、今でも私に強い印象として残っています。いずれにしても、ヤンツ教授がてんかん臨床を通して、てんかんと学習に一種の相似形を見て取り、遠くジョン・ヒューリングス・ジャクソンに思いを馳せながら、てんかんを知ることを通して心とは何かを考えようとしていたことは間違いないと思います。(p103)

これは先生が、師匠であるヤンツ教授が抱いておられたであろう思いに寄せて、自らの思いを語っておられるように、私には思えてならない。とするなら、本書の誕生は宿命づけられたものであったのだろう。兼本先生はいついかなる時も、星雲のカオスのなかから星座をこれと見定め、指し示してくれる人なのにちがいない。

熊木徹夫(あいち熊木クリニック<愛知県日進市(名古屋市名東区隣)。心療内科・精神科・漢方外来>:TEL: 0561-75-5707: https://www.dr-kumaki.net/ )

<※参考>

キラキラネームは「オンリーワンの呪縛」 ~名前が孕む”言霊”について~


ギプスをつけて100メートル走

2013年頭の辞:あほやなあ

”都会のど真ん中にある精神科病院で、その気配さえ感じられぬ病院”が孕む問題

“隣のファシズム”こそ本当の恐怖

~「受験道」、そして「方便としての受験」~

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