電話の奥で殴られる彼女 < 精神科医熊木徹夫の「臨床Q&A」(7)>

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Q:初めまして。私は38歳、会社員の女性です。

先日、友人女性より深夜にSOSを受けました。

慌てて電話をしたところ、
辛うじて通話ボタンが押された先では
激しい興奮状態の怒声と彼女が殴打される音、
物が破壊される音等が聞こえ、
大変な状況を中継の如く目の当たりにしました。

以前より、夫からの暴力に悩まされている事は
知っていたのですが、この日は首を締め殺されかける
という緊急事態に達した様でした。

状況を知り咄嗟に110番しようかとも迷いましたが
その前に少しでも先方の状況を確認出来ればと
通話を何度もトライしました。

漸く繋がると、何とか無事が確認出来た為
110番への連絡は思い止まりましたが、
こういう緊急事態に瀕した時、友人として
自分がどう対処すべきだったのか、
今も悩んでいます。

心理学的に言えば、彼らは強度の共依存関係と
思われます。

妻は何度も夫に殺されかかりながらも、別離することが
出来ません。

「悪いのは全て自分」と思い、ひたすら耐えています。

こんなにされてもまだ夫の事を愛しており、
いつもやり直すことを試みては殴られる連続です。

典型的なDVと言えばそれまでですが、
傷つき易いその方様に「精神科医の受診」をお薦めする事は、
妻に対して「おまえ何を言った」という
事態にも成りかねず、心配です。

「DVカウンセラー」に相談することも考えていますが
爆発時には、精神科医の先生でなければ、
対処出来ないのではないかとも思います。

正直「精神科医に相談する」と「カウンセラーに相談する」の
判断の付け所が分らないのです。

また友人として、DVの恐怖感から
判断力をなくしている友人をどう、
医師やカウンセラーの元へ導けばいいのか
何かアドバイス頂ければ幸甚です。

こういうケースには「巻き込まれない方がいいよ」
と言う友人もいます。

でも偶然そういうシーンに直面して、
傷ついている人を目の当たりにして
私はそれを見過ごすことができません。

私自身がかなりショックを受けているので、
支離滅裂な文章になってしまい恐縮ですが、
こういうタイミングでこのサイトを見つけたことも
何かご縁なのではないかと思っています。

アドバイス頂ければ大変嬉しいです。
宜しくお願い致します。

A:まず話を少し整理する必要があります。

このような入り組んだ話を取り扱う場合、
次のことをはっきりさせなければなりません。

ここでは一体、誰が何に困っているのか
(どうしようもなさそうなときは、
まず困っていることをハッキリさせることで道が開かれます)。

それに対し、具体的にどのような助けが必要になるのか。

実際その助けをもたらすことは可能なのか。

ここでの”登場人物”は3人、
夫・妻、そしてその友人であるあなたです。
この各々について考えると、道筋が見えてきます。

まず夫についてですが、この人物は妻に暴力を振るうという
「他害行動」をする人物という以外、
どんな人物であるか判断しきれません。

ただあなたがその妻から、
絶えず夫の暴力に悩まされつづけているとの情報がありますから、
理由はわからないものの暴力の常習者であることは明らかです。
あなたのいわれるように”典型的なDV(ドメスティックバイオレンス
/家庭内暴力)”だと思われます。

しかし彼は、ここでは”困っている人”ではないようです。
しかしもし、身近な人にでも、「俺は自分で暴力を振るうのが
止められないんだ。なんとかならないだろうか」
と打ち明けていたとしたら、一応”困っている人”で、
協力する余地があります。

ただしこの場合でも、あくまで”自助努力”で何とかするしかない
訳で、彼の承諾のもと、誰か権威のある(偉いという意味
ではありません、行動を抑止する社会的権限を持つという意味です)
他者に”管理”してもらうぐらいしかありません。

例えば、暴力を振るったら何らかの”罰”を加えられる、
そのようなシステムに自らが組み込まれることを承認する
ような”契約”を、彼がその権威ある他者と結ぶということです。

ただ容易に想像できるように、このような”契約”を結び、
自らの素行を改めようと努める暴力夫など、実際はほとんどおりません。
それほど社会性のある人物なら、常習的に暴力を振るい続けることは
そもそもしないはずですから。

ついでにいうと、こういった人物の振るう暴力はほとんど
”嗜癖(やると快感が伴いエスカレートしていくタイプの癖)”的なもの
ですから、簡単にはやむことはありません。
(極端なものでは、暴力を振るうと射精するようなタイプもいます)

次に妻についてです。

彼女は何に困っているのでしょう。
殴られて痛いこと?下手すると殺されそうなこと?
一見、彼女の困り具合は納得できそうですが、
そう単純なものではありません。

このタイプの女性は、アメリカでは
”バタードウーマン(殴られ女、の意)”といわれ、
日本でも徐々にこの言葉が浸透してきています。

概して「自尊感情」が低落していることが多く
(幼少期、身体的・性的虐待を繰り返し受けてきているケースが多く、
自らが”生きていてもよい”といった”自己肯定・容認”が
できなかったり、普通に暮らしていくなかでも”安全感”が持てない
というような精神の病理が重い人が多い印象です)、
「私が悪いの」「殴られても仕方ないの」
「彼はかわいそうな人なの」「私が彼を何とかしないと」
などが口癖になっている人が多いです。

奇妙なのですが、このタイプの人物の”殴られ”も、
”殴る”場合ほど直接的ではありませんが、”嗜癖”の一種といえます。

「殴られることが快感につながるなんて、そんな!」という方もいる
でしょうが、「いずれダメな彼を私が立派にしてみせる」といった
”メシア(救世主)願望”をうちに秘め、
「殴られるのも、この目標を果たしきれていない私に
下される当然の”罰”」
などというような解釈を持つ傾向があるのです。

ですから、周りに「困った」「困った」という割には、
それほど深刻味がなかったりするのです。
本当に困っているなら、”殺されそう”になったとき、
電話できるのであれば、あなたにではなく警察にするでしょうし、
その前に逃げ出しているでしょう。

あなたのご指摘のとおり、
これは”強度の共依存関係”に違いありません。
この夫はこの妻なしでは生きていけないのだし、
妻の側にしても然りです(暴力夫も幼少期に虐待を受けてきている
ことが多いので、お互い共感できることが多いということも、
その絆を強めているかもしれません)。

この妻にしても、回りが思うような困り方をしていない
(”自分自身”については困っていない!)ので、
回りが助けようとしてもどこかピントはずれになってしまう
ことが多いでしょう。

”共依存関係”は、その当事者にとり、
あたかも”信仰”のようなものです。
場合によっては”洗脳”されているのと変わらないような状態に、
なっていることさえあります。

某新興宗教から離脱させるため、行われた脱洗脳が一時期話題に
なりましたが、彼らに問題のありかを自覚させるためには、
これと似た専門的アプロ?チと途方も無い忍耐の過程が必要になります。

実際には、当事者が「ほとほと懲りた」といいだすのを
待つしかないのではないでしょうか。
そうでなければ、精神科医にせよ、DVカウンセラーにせよ
成す術がありません(本人が本気で相談してくるなら、
精神科医でもカウンセラーでも相談者はどちらだって構いません。
ただその資格の問題より重要なのは、
その問題に取り組もうとする”熱”があるかどうかでしょう。
一般に考えられているより、個々の医師・カウンセラー間に、
この問題に対して相当”温度差”があることは知っておくべきでしょう。
メディアなどで、DVについて積極的に提言している人々なら
一応確かでしょう。
あと物理的な問題をいうなら、
精神科医には病棟と薬物といった”道具”を持っていますが、
カウンセラーは身一つですので、そこが違うといえば違うところです。
ただし、”道具”があるからといって決して万能ではありません)。

それに残念ながら、この夫は最後は警察のお世話になるしかない
と思います。素行が悪くても、自戒する気持ちが持てなければ、
精神科でも治療にならず、結局法で制御するしかないからです。
結局そこで彼も「懲りる」ことができるかどうかです。

では翻って、あなたはどうでしょう?

こんな入り組んだ話を聞いてしまったばっかりに、
こんな面倒なことに巻き込まれてしまった!?
いや、そんなことは微塵も考えられていないはずです。

本気で彼女を助けてあげたいというあなたの気持ちは、
相談内容からも痛いほど伝わってきます。
DVについても、素人の域を超えた知識をお持ちだし、
このカップルの持つ病理についても、冷静な判断・対応が伺えます。

では、あなたが本当にお困りなのは何でしょう。

<でも偶然そういうシーンに直面して、
傷ついている人を目の当たりにして
私はそれを見過ごすことができません。

私自身がかなりショックを受けているので・・・>

こう言われているのだから、あなたのこの受けた”ショック”こそが
問題で、これを解決すればあなたについての問題は終了・・・
といくでしょうか。
すなわち、この夫妻への対策こそが今回のご相談の肝であって、
あなたの受けた”ショック”は、
それの”おまけ”みたいなものなのか、ということです。

「巻き込まれない方がいいよ」という友人の忠告に耳を貸しながらも、
「私はそれを見過ごすことができません」と決然と態度表明されるあたり、
あなたは、この夫妻のことを”他人ごと”として見て見ぬ振りすることは、
道義的に許されることではないとお考えのようです。

しかし、電話口での友人夫妻の修羅場を耳にして、こころ掻き乱され、
一生懸命知恵を絞ろうとしてしまうとてもデリケートなあなたに、
”ショック”を与えているのは誰でしょう。
あなたの友人(妻)ではないのですか。

あなたは、”偶然”このようなシーンに直面したのではありません。
先ほど指摘したように、
彼女はあなたにではなく警察に電話することだってできたのです。

彼女は一緒に”ハラハラドキドキ”してくれる相手として
あなたを選んだのです。

共感能力のとりわけ高いあなたとシンクロできることは、
言い方悪いですが、彼女の一種の”快楽”につながっています。
劇場で、悲劇のヒロインを演じているその陶酔と似た感情です。
あなたの感情が波立ち昂ぶるほど、
彼女はこのような陶酔に浸ることができます。

この指摘はあなたにとり”ショック”なことかもしれませんが、
”共依存関係”はあなたと彼女の関係にまで広がっています。
そのため、もしあなたが彼女に真剣に関わろうとすればするほど、
ますますあなたは困難な事態に”遭遇”するようになるでしょう。

その点については、彼女のみならずあなたも”判断力をなくしている”
のではないでしょうか。

”共依存関係”は伝染していきます。
これはこういったタイプの患者さんと精神科医に間においても然りです。
このような関係においては、
その当事者が”本当に困っていることに気づきにくい”ということこそ
、実は本当に困ったことなのです。

これはおせっかいなことかもしれませんが、
あなたご自身は大丈夫なのですか。
気丈に友人を支えようと”ホットライン”まで提供し、
深夜にもかかわらず、友人の訴えにひどく動揺しながらも奔走する、
そんなあなたは大丈夫なのですか。

ひとつ”ヒント”を差し上げます。

一部の奇特な精神科医を除き、ほとんどの精神科医は
患者さんとの”ホットライン”を設けていません。
それはごく少数の”非常に手のかかる”患者さんに
打ち沈められぬための大切な処世術です。

これは決して不誠実なことではありません。
他の大多数の患者さんを放り出してしまうことの方が、
よほど不誠実です。

人を救うために、身を挺してはいけません。

自分を救えない人は、人を救えません。

熊木徹夫
(あいち熊木クリニック<心療内科・漢方外来>
/〒470-0136  愛知県日進市竹ノ山2-1321
/TEL:0561-75-5707/ www.dr-kumaki.net/ )

<※参考>

お前と俺は運命共同体だ! (「ストーカー」についての臨床相談)

私のなかにいる”陽子” (「PTSD」<トラウマ>についての臨床相談)

テニスできないなら死んでも一緒 (「自己愛性人格」についての臨床相談)

他人の言葉に振り回される自分が嫌(20代女性)

ストレス、くよくよしている自分が情けない(40代女性)

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